いつだってヒーロー

統合失調症のち美容師。私の人生のショートストーリー。

一方通行な我慢でお母さんに因縁をつけてごめんなさい。

私の統合失調症の原因というよりきっかけは、10代の頃に遭った学校内のいじめにあると思ってる。

やっぱり自分がこの統合失調症で感じた苦痛は憎しみの感情を助長した。

その矛先はいじめの罵詈雑言を言った人より、私の場合はお母さんに向いた。

 

なぜだといえば、お母さんに一度だけ伝えたいじめの相談を受け入れてもらえなかったと感じたから。

具体的に言うと「学校でキモいって言われているんさ」という相談に対してお母さんは「笑っていればいいよ」という返事だった。

お互いの深刻さの受け止め方が違った。

あと、当時は兄妹の不登校とお母さんが癌が重なって家庭内が疲弊していて、私の自己判断でお母さんに心配をかけたくないと、いじめを我慢して家族にもお母さんに隠すことを選んだから。

お母さんをこれ以上負担をかけたくなかった。

できるだけ家族には楽しい話をして明るく振舞って快活な娘を演じた。

それ以降5年も続いたいじめにも、いつしか始まった娘の統合失調症にも、お母さんは気付けなかった。

 

自分が選んだその我慢には自分の母が絡んでいると因縁づけて、私は学生の頃のお母さんを守りたかった気持ちが憎くしみに変わって、怒鳴り散らし暴力を振るってお母さんの身体を痣だらけにして泣かせた。

 

お母さんにすべてを話した。

いじめも何年も嘘を演じていた自分も。

 

健康に生まれてこられたのに自分が病気になったのが悔しかった。

その悔しさがすべてお母さんに向いた。

 

 

お母さん目線ではどうだろう。

自分の子どもがつらい思いをしているのに見つけてやれなくて、守ってやれなくて、悔しかったと思う。

お母さんは「その身を代わってやりたいよ」と言っていた。

またお母さんも私と同じで辛そうだった。

 

 

お母さんにしいてた私の我慢という親孝行は報われなかった。

 

 

お母さん。

 

自分の病気をお母さんのせいにして悲しい思いをさせてごめんなさい。

無意識のうちに誰かのせいにして、その方が楽だから人を責めるんだと思う。

憎いという一面の裏に、お母さんだから私の嘆きを受け止めてくれるって信頼できたから、本気でぶち当たれたと思う。

 

そもそも、私のこの統合失調症は散歩中に突然雷に打たれたようなもので、お母さんでも誰にも非はないんだよ。

だから、過去も何もかもをそのまま事実として享受して、私は誰も責めないよ。

今は自分の病気が悪さばかり働くだけじゃないって気付いているから、身体の一部と思って受け入れられたから私は大丈夫だよ。

 

意外と幸せの前提条件は健康だけじゃないと思えたんだよ。

今の私は自分の自己実現や他者貢献に理想を持っているし、生き方で思い思いに表現できて幸せだ。

友人や家族、恋人に愛されて私は幸せだ。

独り善がりな我慢じゃなくて、幸せな私の姿でお母さんを幸せにしたい。

見返りはなにもいらないから。

 

 

お母さんを幸せにできるように生きるからね。

そんなふうにこれからはお母さんを守るから。